直上50mを飛行機が飛ぶ、とは? 京浜島工場群から見た、羽田空港増便・飛行ルート変更計画の問題

2017年7月7日 15時19分 | カテゴリー: トピックス

頭上50mを旅客機が飛ぶ、ということがどういうことなのかが気になり、大田区議会に陳情(羽田空港A滑走路の運用変更に伴う、地域住民及び就業者に配慮した施策を求める陳情)を出された京浜島の工場数社のうちの一つ、H株式会社にお話を伺ってきました。この会社は昭和53年から京浜島で操業している機械部品メーカーです。

 

左にあるのが誘導塔

 

 

陳情は2020年に向けての「羽田空港増便計画」に関するものであり、この計画が実行されるとH社らの直上50mを航空機が飛ぶことになり、操業への影響は計り知れず、大田区に配慮を求めた陳情です。

 

京浜島は大田区の誇る工場群、精密機械を扱うところも少なくありません。超低空飛行による振動の製造への影響、電子機器の誤作動の恐れはもちろんですが、職人技の精密な作業には“集中力”が不可欠で、極度の騒音は恐怖心やストレスなど、労働環境に影響するといいます。

 
●京浜島とは
京浜島は、東京都が公害のない(騒音規制や燃料規制などを進出の条件とする)モデル中小企業団地をつくるという理念のもとに集約化された工場群で103ヘクタール(東京ドーム22個分)に、現在は200社ほどの企業が操業しています。大田区のものづくりを代表する機械加工や機械器具製造を主に、運送業、産業廃棄物業も多くなってきています。

 

工場の入口に展示している製造品

 

 

羽田空港の北、至近距離に位置し、京浜島つばさ公園からは千葉沖を大きく旋回して海上からB滑走路に着陸する旅客機を真横から見ることができます。

しかし京浜島の上空を航空機が通過することはなく、H社のすぐ脇にはA滑走路に向かう「誘導塔」があるものの、北側、京浜島側からの着陸用としては使われていません。

 

隣の城南島海浜公園から撮った飛行機

 
●H社から見た滑走路の変遷
昭和48年頃、羽田空港沖での墜落事故が相次いであり、大田区では空港の安全性や騒音が大問題となり、昭和48年10月9日、大田区議会では「区民生活の安全と快適な生活環境が確保されない限り、羽田空港の撤去を要求する」という決議がなされるなど、大田区議会が先頭に立って、羽田の問題に取り組みました。

H社が移転してきた当時は、まだ社の頭上を延長線上とする新A滑走路はなく、建設予定もありませんでした。昭和53年に出された「羽田空港沖合展開計画」は羽田空港の騒音問題の解消と安全性の確保を目的とし、新B・C滑走路の建設をめざすものでした。しかし昭和56年に出された修正案では新A滑走路の方位を5度北側にずらしており、その延長線上がH社となっているので驚くと同時に、修正案の立案過程において、運輸省が京浜島で事業を営む企業に対して、意見を聴く機会を設けなかったことに、仲間の企業とともに憤りを覚えたそうです。

昭和58年には、その「羽田空港沖合展開基本計画」が正式に決定され、そのときの運輸省の説明は、新B滑走路及び新C滑走路の供用開始後は、新A滑走路の北側を用いず、海から入って海に出るという運用方式を100%採用することにより、騒音対策を抜本的に解消するというものでした。
しかし京浜島にとっては、新B滑走路及び新C滑走路が開始されるまでは我慢をしなさい、というものだったのです。

昭和63年7月、新A滑走路の供用が開始され、頭上40~50mという超低空で大型航空機が飛来はじめ、工場の従業員は騒音と恐怖心等で精神的・肉体的に耐え難い経験をし、同年11月、運輸大臣等に行政訴訟と民事訴訟を提起しました。この訴訟の中で運輸大臣が「新Ⅽ滑走路が供用された段階では・・原則として航空機は京浜島上空を飛行しない」と明言したので、この行政権限に基づく文言を信頼して、飛行差止めの訴えの目的は達成されたと考えて行政訴訟の取り下げをしたそうです。

 
●2020年に向けての国際便増便計画
そして今回の飛行ルート変更計画で京浜島のみなさんが驚かれたのが、南風好天時の15時~19時(運用全体の約4割)には4分おきにA滑走路北側着陸を運用するというものです。超低空の50m直下ですから操業への影響はもちろんですが、それ以上にこれまでの経過がありながら、「計画に際しての説明が何もなかったこと」「約束が反故にされたこと」は非常に残念なことでした。説明を求めると「オープンハウス型」説明会に行くようにいわれたとのことです。(オープンハウス型というのは説明会というよりは、展示会のような形であり、その場で質問ができて答えが得られたり、議論ができる場所ではありません。)

 

飛行ルート

 
●「経済発展が必要だとしても、物事には筋道があるのではないか」
工場主の言葉です。「工場立地地としての価値が損なわれることでの財産権、健康被害、など、権利の侵害を国はどう考えるのだろう」とも。工場主の言葉は至極まっとうで、とても重いものです。

実際に、H社の屋上に上がらせていただくとすぐ脇に「誘導塔」が立っています。地上から50mであるなら、この屋上ではもうスレスレです。とても操業できる場所ではなくなります。働いている人間が大勢いるのです。本来ならもうここは緩衝地帯にして、工場は移転した方がよいのかもしれませんが、いずれにせよ、国土交通省からは説明と相談があるべきです。大田区もこの「ものづくりの聖地」の窮状を見て見ぬふりをするのでしょうか。「政府主導」、「開発ありき」、“開発独裁”とも言える民意無視の国の姿勢がそこここに見えるようになった昨今ですが、羽田の問題はその最たるものです。
オリンピックのためなら、なんでもやってよいのでしょうか。

 

実際、どのくらい真近かを飛ぶか、模型を作って確認してみている社長さん

 
「物事には筋道がある」という、言葉をかみしめながら私も追求を続けていきたいと思います。