カナエール 夢スピーチコンテスト 東京 児童養護施設を巣立つ子どもたちが描く夢

虐待・親の死亡・・で児童養護施設入所は3万人。

18歳で退所後は。
大学進学率は23パーセント。
経済的困窮、頼れる人がいない・・・子どものせいではないのに。

カナエール
夢スピーチコンテスト 東京 のご報告

2017・7.8 ニッショーホール

児童養護施設を退所後の子どもたちは、頼れる家庭がなく、経済的にも苦しい状況です。
その自立を支える活動しているブリッジフォースマイル、2004年から活動を始めています。

ブリッジフォースマイルの自立支援プログラムの一つ、カナエールは“夢をかなえたい”と願う若者のスピーチを聞き、奨学金を募るシステム。若者はスピーチを考える課程で、エンパワメンバー(チーム伴走者)の励ましを受けながら目指す職業人の話を聞くなどして、原稿作りをしてスピーチの日を迎えます。自分を見つめ、将来に希望をつなぐ経験となるようです。この日、10名の若者が自分の夢を語ってくれました。10名の経験した重い現実も垣間見え、それを乗り越えて歩み出す勇気に感動するとともに、私自身、とても勇気づけられました。10名それぞれの夢を要約してご紹介します。

 

 

 

 

 

 

会場のニッショーホール入口

 

★ワクワクを生み出す水族館の飼育員・専門学校1年生

兄の暴力を受ける。みるみる痩せたが、母は助けてくれない。小3から児童養護施設へ。学校では「こんなやつに税金が使われている」と辛い言葉を浴びせられる。施設でメダカの世話をするうちに卵から稚魚が。生命の誕生に感動する。新しい知識を得る喜びも知る。地域のジュニアリーダーに参加。テントの立て方、米の研ぎ方など教えるのは楽しい。水族館の職員になることが夢、ワクワクしている。訪れたお客さんに魚の知識を教えたい。メダカの成長を共に喜んでくれた職員がいてくれたから、今の自分がある。

★海外で働くホテルマン・高校3年生

父も母も姉も心の病気。高2の冬にお金がないから大学は難しいといわれて愕然とした。学校の友だちにも悩みは打ち明けられない。施設に入所。進路を考えたとき、興味にあることを書きだしたら、リゾートホテルに行きついた。自分自身、落ち着ける、ゆったりくつろげる場所に憧れている。接客は苦手だが、お客さんに安心感と忘れられない思い出を持ってもらえるようなホテルマンになりたい。大学は届かない夢だが、悩みの中で本当の夢を持つことができた。夜間の学校に通いながらバイトをする。この夢は絶対にかなえたい。

 

★気持ちも橋渡しできる通訳者・高校3年生

帰国子女だった母はテレビを見ていても同時通訳で、知らない世界を見せてくれた。言葉がわかると楽しい。ある日、3人の子どもに暴力を振るった父に母は「これ以上、私の子どもに手を出さないで」と立ち向かった。DVによる両親の離婚。凛とした母、かっこよくて勇敢だった。「ママにとって子ども一人の重さは地球より重い」という手紙をくれたこともある愛情深い母。その母がガンで亡くなり、施設へ。施設からの進学はいばらの道だけれど、ママのように人に世界を広げる通訳者になりたい。No PAIN NO GAIN。母からの言葉。

 

★親子のサポートができる保育士・高校3年生

人のぬくもりが好き。保育士になりたい。小1から施設にいて、年下の子どもたちとよく遊んできた。子どもはかわいい。いつも職員に対してめいわくをかけないように、いい子を演じてきた。月一の母の来所の時も、甘えたら、もう来てくれなくなると思っていい子にしていた。自分のように気持ちをうまく出せない子どもがいる。表面的に子どもを見ないで、気持ちを察することのできる保育者になりたい。母のように子どもに愛情を伝えられない親もいる。気持ちを伝えられない親には「伝え忘れていますよ」とそっと教えてあげたい。

 

★子どもの気持ちを一番に考えられる施設職員

6歳で入所。学校では「親に捨てられたんでしょ」と傷つく言葉をたくさん言われた。母を恨んだ、なぜ捨てるの?と。施設の職員がいつも支え見守ってくれたが、あいさつもせず、態度が悪く、人の好き嫌いが激しかった。心配して忠告してくれる職員からは「失望した」と言われ、信頼を失ったと焦る。自分を替えようと思い努力する。その職員から17歳の誕生日に「生まれてきてくれてありがとう」とメッセージをもらう。育てられたことに感謝し、人に寄り添える人になりたいと思った。施設職員になって、施設のイメージも変えたい。

 

★チカラいっぱい活躍する保育士マン・高校3年生

小5の時、両親が夜の仕事を始め、自分が1歳の妹の世話をした。夜泣きする妹に「またか、ふざけるな」と思い、見捨てようかと思ったこともある。母が「将来、保育士になったら」と言ってくれたことで前向きな気持ちになれた。中1のときに親が離婚。母に引き取られたが、母は彼氏のところに行って、お金だけを置いていく毎日。高校生になって施設へ。それから2年、母と会わなかった。支えてくれる職員がいて、夢を持ち続けられた。母の言葉が夢の始まり、男性保育士になりたい。会場に来てくれたお母さん、ありがとう。

 

★患者さんに信頼される歯科衛生士・高校3年生

中2のとき、母は心の病で亡くなった。母にはずっと自分のことを見ていてほしかった、誰かの一番になりたかった。生きる希望をくれたのは、母の友人の「ともちゃん」。いつも見守ってくれた。何かになりたい、というより、ともちゃんに恩返しがしたい、という思いが強い。年をとっていくともちゃんのお世話をしたい、ハワイに連れて行ってあげたい。そのために収入をえるのは、資格と安定した仕事。歯科衛生士になりたい。楽しく生きることが母への感謝の気持ち。人に与えられた時間には限りがある。伝えたいことは伝えること。

 

★諦めない、後悔しない人生を送る・高校3年生

中3の時、クラスの陰口がいやだった。いっしょにいるときはいい雰囲気でその子がいなくなると悪口で、それを共有するように強要。自分もいじめられないように悪口を言っていた。人が信じられなくなった。施設の職員の支えで、自分や他人を信じられるようになった。ジャスチィン・ビーバーが好き。映画監督で演出家、英語教育家の奈良橋陽子さんの話を聞いた時、“日本の唯一いけないところは、回りと同じでなければいけないとう教育”といっていたことが印象的。大学に行き、英語を学び、海外の文化を学びたい。

 

★多感な感性や視点を育むことのできる美術教員・大学1年生

母子家庭、言葉の暴力を受ける。「親不幸」「親のいうことを聞いていればいいんだ」と。心中させられそうになったことも。母は精神的な病。優しいときもあるので、外に助けを求めることには罪悪感。母から包丁で刺されそうになり施設へ。ずっと心配してくれた教師がいたが、その教師が「教師にならないか?」と。お金がないので、国立大をめざして猛勉強した。将来、お金を稼いで、普通に暮らしていきたい。普通が一番しあわせ。子どもたちに手を差し伸べてあげられる教師になりたい。つまんない現状をぶっ壊せる教師になりたい。

 

★子どもに丁寧に向き合える施設職員・高校3年生

土日と夏休みが大嫌いだった。母から虐待を受けるから。服から隠れるところを傷つけられた。普通の温かい家庭がうらやましかった。高2のある日、家の中が目茶苦茶になっていた。母が馬乗りになり、首を絞める。警察に助けを求めた。生きて幸せになりたい。施設では「ただいま」というと「おかえり」と迎えられる。人と関わる幸せ、自分に自信をもつこと、辛いときは頼っていいことを教えられた。子どもが安心して暮らせるように児童養護施設の職員になりたい。夢との出会いは人との出会い、人との出会いは夢との出会い。